最初の1筆、議論を進めるための最初の1言によって、キャンパスがしみで汚される。まっさらのキャンパスのように完全なものの前に立つと、恐怖を感じるものだ。そのまったく何もない状態を汚すとは、何と倣慢な行為だろうか議論の最初の声を発する。そんな勇気が私たちにあるだろうか?筆で1筆描くには、そして秘密の場所であろうと法廷であろうとどこであろうと、静寂を打ち破るには勇気が必要だ。だが、私たちがいなければ、静寂は存在し得ない。鳥の声や虫の声、すさまじい雷鳴、私たちの魂の爆発がなければ、静寂というものは存在し得ないのだ。議論は魔女が創造力の大釜をかき混ぜる要領でやれどんな絵を描く場合でも、1番大切なのは、描きはじめと描き終える時だ。1筆余分に描き加えれば、絵はだいなしになる。私自身、やめるべき時にやめられずに、どれほど多くの絵をだめにしただろうか。同じように、議論が終わったあとに余分な1言を付け加えれば、議論はだいなしになる。私たちはいつやめるべきかを知らなければならない。最初からいい出来ではなかったのに、筆を加えていけば何とか救われるのではないかと期待しながら次々と描き加え、結局無駄な骨折りをしたことが何度あっただろうか。
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